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美容室
2026.3-6 〒155-0032 東京都世田谷区代沢2-42-8 ルシエル代沢1F
空間プロデュース・デザイン内容:木造ボード貼/SOTOCHIKU素材/トポロジカル制作
2026年6月、世田谷区下北沢(池ノ上駅)で2件目の美容室リアルクローズをつくらせていただいた。18年前、2008年につくらせていただいた1件目からの移転のためだ。
【脱皮】
美容師四元さんは「脱皮」を何度か経験した、と言われる。そう、蛇が古い表皮を脱ぎ捨てる、あの現象だ。同じ人生で、違う人間に生まれ変わったような・・・そんな経験が数回ある、ということだ。
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2008年。メールでお問合せをいただき、下北沢駅で待ち合せて、初めてお会いした瞬間に「よろしくお願いします」と両手で力強く握手されたのをよく憶えている。
「東京に来るつもりはなかったんです」
・・・ずっと後になって、当時を思い出しながら、そう言われた。
四元さんは、美容室を京都で出して成功されてきた方だ。そのまま続けていれば、経済的に不安はなかったのに、なぜ東京へ移住されたのか?
四元さんの歩んでこられた道を語ってくださった。
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28歳のときに京都でヘアサロンをつくり、おかげさまで繁盛しました。
お金をかけて、周囲には凄くキレイな店と言われました。
でも、時間が経つにつれて、毎日を愉しめていない自分に気づくようになりました。
美容師になるには、1パターンしかなくて、ヘアカタログを見ながらその通りにつくれるようにひたすら練習するんです。それを何パターンもつくれるようになる。速く切れるようになる。そうやって、売上げを上げていく。
これがめざすべき美容師像。・・・日本中、そうなんです。
お客さんを15分で切って、もうちょっとやりたいな、と思ってもできない。次の人を待たせているから。ずっとそれの繰り返しの毎日。
お金は残るけれども全然愉しくない。だから、ふつうはお金が溜まったら、ある程度の年齢までやって引退するんでしょうね。
やっているうちにモヤモヤしたものがだんだん溜まってくるのを感じていました。でも、このモヤモヤを解消してくれるモノが日本のどこにもないんです。
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それを師に言ったら、パリに行くように勧められたんです。パリでカットのトレーニングを受けてみたら、と。
師に勧められたから行きましたけど、正直な気持ち、このモヤモヤは晴れないだろう、と思っていました。
パリには華やかなイメージがあって、きっとこのカットのトレーニングもおしゃれな場所だろうと予想していたのですが、・・・とんでもない。
トレーニングの場所は、パリの山手の方で犬のうんちがいっぱい落ちているようなところに在りましたw。倉庫みたいな場所に、美容師たちがホームセンターで買ってDIYでつくったような棚、カットしていると背中が焼けるほど熱くなる工事用の照明、便座の取れたままのトイレ・・・なんじゃこれは???
でも、そんな空間で凄いクオリティの高いヘアスタイルが次々と生み出されていくのです。その手法はエフィラージュカットと呼ばれる、髪の毛に向き合い、その性質を見極めながら、彫刻のように自在に立体的なカタチをつくっていくフランス発祥の手法です。
決められたモノを決められた時間でつくるのではなく、ただいいモノを生み出すという一点に集中するヘアカット。そこに惰性はなく、常に自分を自分との勝負の場に置くことができる。
トレーニングの中で、ぼくのモヤモヤは一気に解消されていきました。そして、この世界で「生きていける」と実感しました。
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日本へ帰ったら、お金をかけた店舗を壊して、鏡を置いたイーゼルだけを置いて、営業してみました。
パリで過ごした雨漏りのする、工事現場のような空間を思うと、カタログから集められたキレイなモノに囲まれる空間は違う、と感じたからです。
・・・結果、売上げは全く変わりませんでした。それでもお客さんは変わらず来てくださったんです。
空間ってなんだろう、と考え始めました。
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ぼくたち美容師は、決められたモノをつくるのではなく、もっと絵描きとか、陶芸家とかに、近いんじゃないだろうか?
ならば、美容室は、お客さんをもてなすためだけでなく、つくり手が創造的につくるための空間であるべきじゃないだろうか?
例えば、ニューヨークの裏路地に描かれた、とんでもなくクオリティが高い落書きと同じ空間でものづくりができたら、その場にいるつくり手は「一切手を抜かずに、今の力を出し切る」ことができるんじゃないだろうか?
だから、空間もつくり手に「何をどうつくるかはお任せする」と同時に、「一切手を抜かずに、今の力を出し切る」ことでつくられた手づくりの空間をつくってほしい、というのが希望です。
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カタチを生み出すつくり手として生きていこうと考えたとき、テクニックは関西でも身につくけれど、センスを常に磨きたくて、東京のヘアメイクの講習に通っていました。
毎週、東京をブラブラしていたら、1件目の物件にぶつかってしまったんです。「こんないい場所が空いてるんだ」と思って、なんとなく気になって何度も来てみて、「まだ空いてるなぁ」と。京都を離れるつもりはなかったので、全くの興味本位でした。
ある日、空いている理由が気になって、なんとなく掲げてある電話番号にかけてしまいました。不動産屋の「場所が悪いから」という答えに驚いて、「ぼくだったら借りるのに」と言ってしまったら、「いくらだったら借りますか?」と言われたので、「いえ、冗談です。ぼくは京都だから絶対借りませんけどね、これくらいだったら」と適当にありえなさそうな金額を言って電話を切りました。
そしたら、次の日、大家さんから直接電話がかかってきて、「その金額でいいので、借りてください」と。その勢いで、契約をしてしまってから初めて、さてどうしようか?と考え始めましたw。
どこにつくってもらおうか、とサイトを探して、GRIDFRAMEのサイトの「汚しうる美」に辿り着きました。
(2021年のインタビューで当時をふりかえって)
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ぼくには、四元さんが語ったこれまでの出来事がひとつの「脱皮」の運動のように見えた。
人間が何かに向かい合うときには、次の3つの視点がある。
①経済的視点
=交換可能性・効率・再現性・管理可能性から世界を見る視点
②物語的視点
=意味づけ・共感・ブランド・歴史・理念の視点
③単独的視点
=今ここにある、この人、この髪、この場所と、一対一で向き合う視点
(=交換不可能性・非効率・一回性・管理不可能性から世界を見る視点)
四元さんが京都で感じていた閉塞は、美容業が経済的に成功していなかったからではない。むしろ、十分に機能し、十分に成功していたからこそ、そこにあった意味や手法が少しずつ固定化され、生き生きとした手応えを失っていくことに触れてしまったのだと思う。
パリで出会ったのは、きれいに整えられた新しい美容室像ではなかった。
髪の毛の性質を見極め、目の前の人に向き合い、その都度、まだないカタチを探り出していく人たちだった。
そこでは、決められたものを短時間で再現することよりも、今ここでしか生まれないものをつくることが優先されていた。
ぼくには、その出会いが、固定化されていた意味に対して、四元さんがもう一度、単独的視点を向けることになった瞬間のように思える。
帰国後、京都の店を壊し、イーゼルだけを置いたこと。
2008年、東京の物件に、偶然のように出会ってしまったこと。
そして、下北沢にリアルクローズをつくったこと。
それらはすべて、以前の意味を捨てるためだけの行為ではなかった。
もう一度、自分が創造的につくり続けられる場をつくるための「脱皮」だったのではないか。
2008年のリアルクローズは、四元さんが、つくり手として一切手を抜かずに今の力を出し切るためのアトリエだった。
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それから18年が過ぎた。
四元さんも、ぼくも、その間にいくつもの小さなメビウスの帯の上を歩いてきた。呼吸のように短いものから、人生そのものくらい長いものまで。
2026年、池ノ上につくる新しいリアルクローズでは、店に入って、髪を切り、再び外へ出るという短い時間そのものが、小さなメビウスの帯になるような場を考えた。
来たときと同じ入口から外へ戻る。
けれど、その人は完全に同じ人のままではない。
以下の画像は、その小さな変化がそれぞれの人に起こりうるように、空間の中へ置いていったいくつかの仕掛けの記録である。
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ぼくたちは、完成された正解をつくるデザイン会社ではありません。
あなたのなかに眠る混沌(カオス)や、まだ言葉にならない構想の断片を、そのままお聞かせください。
それらが空間として実現されることで、だれもがあの赤ん坊の瞳で何かを見つけようとする世界を一緒につくることができると信じています。
ぼくたちの目がキラリンと光ったら、グリッドフレームに火がついた証拠です。