「創造性の連鎖」は、グリッドフレームが考案して、空間づくりに実施している、チームで何かを創造的につくる場合の方法です。きっと空間づくり以外でも応用できるのではないか、と思います。
その目的は、空間をチームでつくっていく場合に、最もよい空間をつくることですが、それ以外にもたくさんよいことがあります。それは、読んでいるうちに、明らかになると思います。
<基本的な特徴>
「創造性の連鎖」の基本的な特徴は、プロジェクトの進行とともに、基本設計者から、詳細設計者・現場監督・制作スタッフと担当者が変わっていく中で、最初から最後までプロジェクトに参加するチームの構成員全員が、プロジェクトの全体像について自分の頭で考えてものづくりを行う、ということです。上流で提案した内容を、引き継いで実行する人が変更することができる。一般的な、少数の設計者だけが全体像について考えて、他の多くの人々は個々の担当部分のみについて考えて全体をイメージしない、という方法の中では、このような変更はネガティブなものと見做されがちですが、「よりよくしたい」という気持ちを全員が共有している場合、この変更はむしろポジティブなものとして推奨してもよいと考えたのです。
ただし、変更には条件がつきます。引き継いだ内容の20%まで、というものです。変更が過ぎると、もはや上流の人の創造性の痕跡が消えてしまい、連鎖の意味が薄れるからです。もちろん、20%を正確に測ることはできませんから、感覚で十分です。
<試行錯誤は個人にしかできない>
ふつうたくさんの人が一度に動くときは、一人が頭を動かして指示をして、他大勢はそれに従うことになります。指示の内容も、大勢にとって分かりやすいものである必要があり、また失敗によるやり直しはできるかぎり避けなければなりません。だから、予定調和が成立するような平凡な内容になってしまいがちです。
けれど、一人ひとりがリレーで仕事をする場合はどうでしょう?それぞれが任された時間の中では、個人で自由に動いてもよいので、自分で責任を取れる範囲で「失敗すること」ができます。その試行錯誤こそが、つくる内容のレベルを向上させることができる唯一の手段だと思います。
プロジェクトの始まりから終わりまで、ずっと複数の人間の試行錯誤が連続していくのが「創造性の連鎖」なのです。
<最もよい空間とは>
先に、「最もよい空間」と書きましたが、これはグリッドフレームが思う最もよい空間であって、その基準は人それぞれ、だと思います。だから、まず、ぼくたちがどのような空間をよい空間だと思っているか、について、知っていただく必要があります。
ひとことでいえば、それは自然の空間です。フェニキア人は夜の地中海を航海するために、無秩序に散らばっているかのような夜空の星から法則性を見い出しました。人間は自然と向き合うことで、知を獲得し続けて、現在の文明を築き上げたのです。
自然の空間のように、何かを発見できる空間。ぼくたちがめざすよい空間とは、一見なんでもない空間かもしれませんが、よく見ることで何かが見えてくるような多様性に満ちた空間です。
<空間づくりにおける「創造性の連鎖」>
これから後は、住宅などどのような空間にも当てはまる内容ですが、わかりやすさのために、店舗空間づくりを想定して書きたいと思います。
まず、店舗をつくる場合は、どのような自然をめざしたらよいでしょうか。
当然のことながら、人間も自然の一部です。そして、その心もまた自然の一部で、多様性に満ちています。
ぼくたちは、店舗づくりにおいて、クライアントの心を表現する空間を実現することをひとつの大きな目標としています。クライアントの構想のみならず、もっと奥深くにある「心」を表現することで、店舗は人格を持つのではないでしょうか。
そのようなお店でなければ、どうやら長く続くお店にはならないようです。カタログから建売的につくられるようなお店が多い中、多くの店舗はつくられては壊され、というサイクルを繰り返しているように見えます。もちろん、お金をかければよいお店ができるわけでもありません。うまくいかないお店にはどれも、クライアントの心が表れていないように思います。
では、実際に、どのようなプロセスで「創造性の連鎖」を実践しているのか、を説明します。
「創造性の連鎖」では、まるでリレーのように、バトンが受け渡されます。誰から、誰にバトンは受け渡されるのか。それには、つぎのような種類があります。
A クライアントから基本設計者へのリレー
B 基本設計者から詳細設計者・現場監督・制作スタッフへのリレー
C 詳細設計者・現場監督・制作スタッフの間でのリレー
D グリッドフレームからクライアントへのリレー
E クライアントから無限に続いていくリレー
<A クライアントから基本設計者へのリレー>
まずは、クライアントのインタビューから始まります。
クライアントの心を表すことが目的ですから、クライアントの言葉や醸し出す何か、がお店づくりの源泉です。これから、お店づくりの旅へ出るために同じ船に乗り込む。まずはそんなイメージで、クライアントと同じ方向を向くことを目的として、十分な時間をかけて店舗の構想(夢や想い)についてゆっくりと語っていただきます。
その後、さらに時間をかけて、例えば、「以前やっていたスポーツ」などプロジェクトに直接関係のないように見える、クライアントの「らしさ」を引き出すような質問をさせていただきます。クライアントの心を思い描き、クライアントの目になって未来を描く、というアプローチができるように。
でも、どのような空間にしたいか、などの具体的なイメージは訊きません。既成のイメージに囚われると、錆び付いた発想しか湧いてこなくなるからです。
クライアントのお話や醸し出す雰囲気を源泉として、基本設計者が創造的に「コンセプトストーリー」・「ビジュアルコンセプト」・「平面図」を作成し、クライアントへ「概算見積」とともに提案します。これらの承認を受ければ、プロジェクトが正式に始まり、さらに次の連鎖へと続いていきます。
そのリレーのバトンとなるのが、「コンセプトストーリー」と「ビジュアルコンセプト」です。その他のものは、プロジェクトの進行の中で少しずつ変化していくのに対し、この2つは、この後、プロジェクトが進んでいく中での各担当者の創造の源となる不変のものです。
「ビジュアルコンセプト」は、抽象的なものや、部分的なもので、この空間にとって一番大事なもののイメージを示すものです。
これまでの経験の中で、ここで提案したものがクライアントのアイディアをさらに強化することがあります。ぼくたちのクライアントには、具体的なサービスを決めるのは提案の後にする、と予めお考えの方が多数いらっしゃいます。
次の担当者の自由な発想を促して、新たなアイディアが積み重なっていくように、基本設計者は具体性のあるパースを描きません。
<B 基本設計者から詳細設計者・現場監督・制作スタッフへのリレー>
さて、基本設計者は、プロジェクトが正式に始まると、早速、詳細設計者・現場監督・制作スタッフにバトンを渡す打合せを行います。
バトンを渡す側は、プロジェクトの詳細条件、クライアントの人となり、設計内容などを詳しく伝える中、特に、「コンセプトストーリー」と「ビジュアルコンセプト」については、入念に伝えます。この2つが、バトンを受け取る側にとっての創造の源泉になるからです。
ここでは、バトンを受け取る側がどのように受け取ったものを見るか、がより大事です。
ぼくたちはよく、受け取ったものを「素材として見る」という言葉を使います。それは、どういうことか。
よく子供たちは、食器を叩いてみたり、ひっくり返して紙相撲の土俵にしてみたり、など、それが与えられた機能や意味に縛られない使い方をします。
これと同じです。受け取った提案された内容を、これまでの経緯や基本設計者の意向などに縛られない自由な視点で見つめること。これを「素材として見る」と呼んでいます。
もちろん、これまでの経緯や基本設計者の意向などを無視しなさい、と言っているわけではありません。
必ず「素材として見る」という視点で見る時間をつくってください、というルールなのです。そうすると、新しい世界が見えてくることがよくあります。
このような視線を受け取ったものに向けながら、その20%まで変更していい、という自由を与えられ、ものづくりが進んでいきます。
大丈夫、店舗空間づくりの工期は短いから、どんなに変更しようとしても20%まではなかなかいきませんから。精一杯、自分のアイディアを実現してもらってもいいんです。
<C 詳細設計者・現場監督・制作スタッフの間で>
プロジェクトの進行過程で、詳細設計者はクライアントから、現場監督は業者さんから、制作スタッフは材料屋さんから、など新しい情報が入り、お互いに伝達が必要な場合が出てきます。
そのような場合も、上流側は必ず自分のアイディアを下流側へ伝え、下流側はそれを変更してよい、というルールがあります。
情報が行き来する回数だけ、プロジェクトがグレードアップされていきます。
<D グリッドフレームからクライアントへ>
上記のようなプロセスでできあがったお店には、つくり手全員のよいものをつくろうという想い(=魂)が集積されます。これによって、一人の設計者の意図によって閉じられない、エネルギーが高い、よい意味で未完成であり続ける、多様性に満ちた空間ができあがります。
このようにしてつくられた空間は、お店のスタッフやカスタマーにとって一対一で向き合うことでなにかを発見できるような「自由になれる空間」となり、そのことが例えばスタッフの創造性を刺激し、引き渡し後も柔軟に変化していけるお店になります。
<E クライアントから無限に続くリレー>
実際、ぼくたちがつくらせていただいたお店は、長く続けていただいているお店が著しく多い、という結果が出ています。これからも、お店のスタッフの方々は、時代に合わせて少しずつお店を変化させるのを愉しまれることと思います。
こうして、創造性は無限に連鎖されていく可能性を持っています。
人にはだれでも、自分の頭で考えたことをかたちにしていきたい、という願いがあると思います。「創造性の連鎖」はその願いをかなえる方法であり、同時に、サスティナブルな社会をモーチベーションの面から支える空間づくりの方法になりうる、とぼくたちは考えています。
そしてなにより、創造的に働く大人はいきいきとしていて、そんな大人たちを見て育つ子供たちが明るい未来を描くことができる社会をつくることに貢献していきたいと、ぼくたちは願っています。